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2014年1月8日 : 靖国神社参拝について思う

靖国神社参拝に思う・・・日本人の神社参拝の本質が世界に理解されていないように思う。昔、菅原道真は左遷されて九州に赴任した。そして、彼は彼の地において死を迎えた・・・すると、その後、京の都に疫病が流行った。人々は「菅原道真が怒っている」と恐れた。そして、菅原道真の霊を鎮めるため神社を建立した・・・これが「大宰府天満宮」であり、今は、学問の神様として祀られている。・・・・このように、日本における「神社に祀る」という行為は、「偉い人だから祀る」だけではなく、「鎮魂、慰霊」の場合もある。靖国神社はまさしく「鎮魂と慰霊」であろう。
キリスト教の場合、イエス・キリストを礼拝するということは、救い主に対して「罪の許しを請い」「救いを求める」という行為である。また、仏教における本尊とのかかわりは、「本尊と一体化」することにより、自らの境涯を高め、仏の境地に昇華させることにある。
それぞれの宗教において、礼拝するという行為は、微妙にことなる。ここを理解せず、「靖国神社を参拝する」と聞けば、祀られた人をリスペクトし、その境地に到達しようとしている・・・と思われても仕方がない。
ましてや、ニューヨークタイムスでは「靖国神社」を「戦争神社」と翻訳し、参拝の目的は「日本を軍国主義にするため」と書かれている。誤解されて当然。尚、このように意図的に思われる記事を書いているのは「タブチ ヒロコ」という日本人又は日系人である。
正確な翻訳と、参拝の意味を正確に伝えることも重要と思う。

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