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2018年6月18日 : 硫黄島での戦い2

1945年、硫黄島は激戦の末アメリカの占領下となった。

占領した米軍は、この硫黄島にアスファルトを施設し、ここから東京大空襲を行いました。しかし、その滑走路となったアスファルトの下には、多くの英霊の遺骨が眠っています。
洞窟の中は60℃にも及び、兵士たちは、飢え、そして喉は乾ききっていました。

戦後、硫黄島には自衛隊厚木基地のもとに基地がつくられ、自衛隊員が駐屯するようになりました。
そして、多くの、自衛隊員が旧日本軍兵士の亡霊を見る・・・という証言が為されました。
「一緒に酒を酌み交わした」「水をくれ・・・と言っていた」「血だらけの兵士が枕元に立っていた」・・・等。
多くの神主や僧侶が鎮魂の祈祷をしましたが、納まることはありませんでした。
1994年、天皇陛下が初めて硫黄島を訪問されました。
陛下が慰霊をされ、皇后陛下が「慰霊地は今安らかに水をたたふ 如何ばかり君ら水を欲りけむ」とお読みになった。すると、ピタリと亡霊は現れなくなったという。
陛下の慰霊に亡霊も満足したようです。
しかし、数年すると再び亡霊が現れるようになった。

2013年、4月14日、今度は安倍晋三総理大臣が。硫黄島を訪れた。
未だ収集されていない、英霊の遺骨を探し、収集した。そして、慰霊祭を行った。
・・・すると、突然、安倍総理は、アスファルトの滑走路に跪き、両手をついて、頭を垂れ「いずれの日にか、必ずこのアスファルトを引き剥がし、英霊の皆さんの遺骨を、持ち帰ります・・・もう少し、お待ちください」と涙ながらに声を振り絞って呟いた。廻りにいた人たちは、当初、何をしているのか分からずにいたが、安倍首相の言葉を聞くや、驚き、心打たれたという。

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