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2018年2月27日 : 安重根が伊藤博文を暗殺・・・思想的背景など

1909年、ハルピン駅にて、韓国人、安重根が初代朝鮮総督府統監、伊藤博文を狙撃、死に至らしめた。犯人が韓国の青年だと知り、伊藤博文は「馬鹿な奴だ」と呟いた。安は、捕らえられ、旅順の刑務所に拘束される。
伊藤博文は、日本による朝鮮併合に反対していた。しかし、伊藤博文の真意を理解しない韓国国民を見て、伊藤博文も併合を了承する。それでも、伊藤博文は、韓国人による統治を望み、韓国の国力が成長するまで保護するという考えだった。伊藤博文が死すことにより、日本による朝鮮統治は一気に拍車をかけ進んだ。
安が暗殺の理由として挙げた15項目は、いずれも、勘違い、または、誤解であった。
1939年10月16日、伊藤博文を顕彰する博文寺(ソウル)で、安重根の次男、安俊生と伊藤博文の次男、伊藤文吉が対面した。
安俊生は、「父に代り、深くお詫び申し上げます。」と言った。伊藤文吉は「私の父も君の父も今は、仏になって空に帰しているのだから、お詫びの言葉はいりません。」と答えた。
安重根は、義士として韓国の英雄になっている。
伊藤博文、安重根両者の生い立ち、思想を分析した著書「韓国人が知らない、安重根と伊藤博文の真実」。幾つかが「?」と思う箇所もあるが参考になった。著者は在日韓国人、金文学氏。氏は国際安重根記念協会日本支部長である。

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