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2014年6月7日 : パラオ国旗の由来

南太平洋にパラオと言う小さな国がある。欧米の植民地だったのを解放し、日本人も移民し、一緒に国を開発し始めた。日本人は、パラオ国民に教育を施し、人種差別などは一切なく、公平に扱った。このに日本人の態度にパラオ国民は感激し、友情も芽生え共に仲良く生活した。ところが、やがて、戦局は後退し米国軍がパラオにも迫ってきた。米軍の戦力は日本軍を圧倒していた。兵力は数倍、また爆薬、戦車、など重火器は数百倍におよび、日本軍に勝ち目はなかった。米軍は「3日で制圧できる」と読んでいた。この不利な状況に、パラオの人々は、日本軍の隊長に会って「一緒に戦わせて下さい」と懇願した。しかし、隊長は「日本軍がお前たち土人と一緒に戦えるか」と一蹴した。その返事を聞き、パラオの人々は落胆した「友達だと思っていたのに・・・」と・・・。やがて、日本軍の命令でパラオ島民は別の島に疎開することになった。船が出発するとき、見送る日本人の姿は見えない。パラオ島民は更に落胆することであった。
しかし、船が出発すると、どこに隠れていたのか日本軍人が現れ、唄を歌いながら手を振って見送っている。先頭には、あの隊長が笑って手をふっている。その時、パラオ島民は悟った・・・あれは、自分たちを死なせないための言葉だったのだ・・・と。
圧倒的な戦力の差に、日本軍は苦戦したが米軍はこの島を制圧するのに73日を要した。戦闘が終わり、米兵は米軍の死体だけを処理した。パラオ島民が帰ると、そこには日本兵の死体が散乱していた。驚愕した人々はその死体を一つ一つ丁寧に埋葬した。
その後、パラオが国旗を制定するとき・・・日本の「日の丸」を参考にした。青地に黄色の丸・・・これが、パラオの国旗。これは、日本を表す日の丸の太陽に照らされ、輝く月を現したものである。中央では日本に対して無礼になる・・・と、黄色の丸は少し中央からズレている。涙を禁じ得ない美しい実話です。日本軍人はどこの国の軍たよりも立派でした。

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